おぎのやの写真

あさま4号
2026/04/21 06:53

横軽の現役時代について教えてください❗️

おぎのわの閉鎖も近いので、横軽の現役時代を知る方にぜひ教えていただきたいことがあります😃


①東京から軽井沢へ下り列車で向かう際に、横川駅ホームで釜めしを購入した場合、軽井沢駅到着までに食べ終えていましたか❓ 横軽の下りは所要約17分です。車内は、景色も見ずに黙々と釜めしを食べるような雰囲気(今なら東京駅から新幹線に乗って品川駅までに食べ終える感じ?)だったのでしょうか🤔


②軽井沢で下車した際に、空き釜の廃棄方法はどんな具合でしたか❓ 今の横川店のような専用のコンテナがあったのでしょうか❓ それとも、車内や駅のゴミ箱近くに積まれていたのでしょうか❓


お乗りになった大体の時期とあわせて教えていただけると幸いです🙇

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6 件の返信 (新着順)
169系
2026/05/02 04:12

①は、早食いなら時間的には可能ですが、そこまでやる人はあまりいなかったと思います。
②は専用の置き場などはなかったかと思います。ホーム上は普通のゴミ箱しか設置されていなかったかと。
記憶が定かではありませんが、分別などの観点からゴミ箱の中に捨てる人はあまりおらず、ゴミ箱の横に置く人は多少なりともいたでしょう。列車内のゴミ箱は話が別で、そのまま入れていた人もいたと思われます。
いずれも平成初めから廃線前まで変化はなかったと思います。


あさま4号
2026/05/02 09:01

さっそくのコメント、ありがとうございます❗️

そうなりますと、軽井沢までの鉄道利用の場合、復路に買う選択をする方もそこそこ多かったかもしれませんね🤔 ご記憶の頃には軽井沢でも釜めしの販売があったかと思いますし、当然、横川でも買えて、器は家に持ち帰りやすくなります。
教えていただきありがとうございました🙇

kotone バッジ画像
2026/04/26 22:21

私も現役時代を経験していないので知りたいです😊
17分だと小さいお子さまと一緒に食べてたら最低でも2倍の時間は必要ですね😅


あさま4号
2026/04/29 06:54

考えれば考えるほど、ハードなんですよね🤔 この謎はいつか解きたいです。

せんじ バッジ画像
2026/04/23 01:25

「ゴミは座席の下に」って、よく言われてたり写真が残ってますけど。
陶器のお釜となると、重いし嵩張るしで回収も大変だったでしょうね💦

17分で急いで食べて横川と軽井沢でゴミ箱行きか?
気になりますね🤔


あさま4号
2026/04/23 07:23

身も蓋もない言い方ですが、「一企業の事業廃棄物としてどこまで許容されたのか」というところはちょっとありますよね😅
「家でお米を炊けます」というのも、持ち帰りを促している印象です。

村長の嫁 バッジ画像
2026/04/22 00:17

私も皆さんの回答が気になります😊✨


あさま4号
2026/04/23 07:26

未体験世代にはなかなか想像がつかないです。売る方の情報はそれなりにあるんですけどね😄

ねこ鉄
2026/04/21 08:22

②関連です😊
長野新幹線開通直前の頃、軽井沢から小諸に向かう旅行中の記憶です。
レトロな駅舎だった頃の軽井沢駅の待合室で親子連れが峠の釜めしを食べていました。
食べ終わった後、綺麗に掛け紙をして十字に紐をくくっていたので、ああ大切に持ち帰るのね〜と思っていたら…近くにあったゴミ箱にドゴンと捨てておられました。
当時私にとって釜めしのお釜はなかなか手に入らない宝物だったので、見ていて悲しくなり記憶に残りました😂

いや、でもお釜専用ボックスだったのかも…その部分は曖昧で申し訳ありません💦


あさま4号
2026/04/21 19:33

コメントありがとうございます🙇
わたしも旅先で「ドゴン❗️」するのが後ろめたくて、なかなか買えなかったんですよね(5回以上はしてますが)。
不要品とはいえ割れ物ですし、専用の回収箱に入れるならそれなりに静かに重ねると思いますので、駅備え付けのゴミ箱オンリーだったんでしょうかね🤔

ちゃみや
2026/04/21 07:24

自分の場合は50年近く前の話で、なおかつ軽井沢では下車せずに父親の実家が有った今の千曲市付近まで乗車していたので、あまり参考にならないかもしれませんが。
①当時、自分は横軽区間通過時は、毎度トンネルの数を数ええていたので、釜めしを食べ始めるのは軽井沢に着いてからか、横川から直ぐに食べ始めてもそんな事をやっていたので、軽井沢では、まだ食べ終わっていなかったと思います。
②食べ終わった後の釜は、父親の実家まで持って行き、一部はそこで廃棄してもらって、残りを自身の千葉の自宅へ持って帰っていたかもしれないです。
また、当時はゴミは列車の席の下に置く慣習があり、駅弁の掛け紙にも「ゴミは座席の下へ」と書かれたものも有って、そのようにしていたかも。
峠の釜めしの掛け紙に書かれていたかは記憶が定かでは無いです。🙇‍♂️


あさま4号
2026/04/21 19:22

ご回答ありがとうございます🙇
トンネルの合間に急に開ける風景を楽しむとなると、なかなか落ち着いて食べていられないですよね😂 ご実家までお持ちになるということは、空き釜の気軽な捨て場所がなかったんでしょうかね🤔

今回、質問しましたのは、釜めしがたくさん売れることでたくさん出たであろう空き釜をどう処理したのか、という点を謎に思っていたからでした。旧新橋駅付近に埋められていた汽車土瓶のように、始発・終点駅での処理にまかせたのか、乗客それぞれがそこここのゴミ箱に気兼ねなく入れたものか…。後者にしても、シーズンの軽井沢に溜まる器は相当だったのではないかと💦 

なお、掛け紙の「腰掛け下へ」は、1980年代前半に消えたようです😊

ちゃみや
2026/04/21 20:09

自分の話しは1970年代の頃の事なので、なんとなく座席の下に置きっぱなしが、当時は有力だったような気がします。
1980年代以降はどうなんでしょうねェ。
駅のゴミ箱設置が普及したのかなぁ。

あさま4号
2026/04/22 06:37

おそらくは、車内美化の意識が進んだのだと思います。
お釜の処理も含めての買い方の理想は、「上り列車で軽井沢で買ってお釜も持って帰る」でしょうが、旅の楽しみとしても、長らくの駅売りの主戦場としても、釜めしといえば断然下り列車×横川駅ですよね😊